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日志


2006/7/25

「新桃太郎侍」

帰宅後,ついつい見てしまいました
山手樹一郎原作による『桃太郎侍』は,1977(昭和52)年~81(昭和56)年にかけて高橋英樹主演で映像化されており,私の知りうる限りTV版は二作目となります(映画は,長谷川一夫や市川雷蔵主演のものがありましたが・・・)。

朝刊のTV番組欄を見て主演が高嶋兄であることを知り,ま,弟よりは父親似できりっとしているから良いか,と思って見てみましたが,残念ながら違和感ありありでした。
線の細さは否めないし,さら西国の大藩(というか讃州丸亀藩)の殿様のご落胤,という設定にしては(如何に市井で生活していたにせよ)ガラが悪すぎます。
おまけに「美しい」とか言って,おねいさんの尻を追いかけ回すし,すぐに大泣きする。
どうも,山手樹一郎の時代小説の主人公特有の正義感に満ちた若侍,という原作のイメージから乖離しすぎた感があります。

原作では,猿の伊之助(或いは猿之助)の家に居候しているのですが,今回は池之端(不忍池の傍なので池之端)に家があり,母(実は義母)と下僕の伊之助と同居しており,母から仕官と縁談をしつこく勧められるのを煙たがって,矢場の用心棒になっている,という設定のようです。

ま,最後の豪快な殺陣はさすがに見応えがありましたし(変な赤い羽織をぶん投げてましたが・・),次回からストーリーも動きそうなので,楽しみに待つことにします。
それにしても,ゴールデンタイムに時代劇を持ってきたTV朝日の戦略は果たして当たるのでしょうか・・・・。

因みに原作ですが,中学~高校にかけての愛読書でした(笑)。
実に楽しい市井ものにして道中ものです。
私は,新潮文庫版(当時\260)を持っていますが,春陽堂や富士見書房から出ていた文庫版もありました。
・・・と思ったら,何とコミック版まであったとは・・・。
2006/7/4

「鬼平」+「真田」

世の中の話題は中田英寿の引退一色だが,敢えて私が駄文を連ねることもあるまい。
ちと早すぎる気はするが,潔し,というところか・・・。
 
 
 
数ヶ月かかって,『真田太平記』(池波正太郎著,新潮文庫刊全12巻),初読以来19年ぶりに再読了。
今回は,加えて『信濃大名記』,『碁盤の首』,『錯乱』(直木賞受賞作),『真田騒動-恩田木工』,『角兵衛狂乱図』,『幻影の城』,『男の城』,『猛婦』,『槍の大蔵』,『命の城』,『獅子の眠り』といっ短編(新潮文庫刊)と,『獅子の眠り』をベースにしたと思われる真田信之の晩年を描いた長編『獅子』(中公文庫刊)といった所謂真田ものの殆どを一緒に読んだ。

『真田太平記』に関しては,昭和60年度のNHKによる映像作品を含めて,いずれ項を改めて述べたいと思うのだが,今日は思わぬニュースが飛び込んできた。

池波氏は浅草生まれで,生粋の江戸っ子というか下町っ子であったが,没後10年を経て,台東区西浅草の区立中央図書館内に『池波正太郎記念文庫』が設けられ,遺品の数々が収蔵・展示されている。
また,秀吉政権下から徳川幕府初頭に真田氏の城下町であった長野県上田市には,98(平成10)年に『池波正太郎真田太平記館』が開館した。
この二つが,この度姉妹館として提携することになった。
区と市という公共団体が個人の博物展示をすることはよくあることなのか画期的な取り組みなのかは分からないが,池波氏のライフワークともいえる『鬼平犯科帳』と『真田太平記』が手を結んだということでファンにとってはエポックと言えよう。

初めて上田を訪れたのは昭和61年2月。
前年に週刊朝日に連載されていた『真田太平記』が完結し,丁度NHKで『真田太平記』が放送され,大坂の役のクライマックスにさしかかっていた時期であった。
今は新幹線開通によって垢抜けた都会的な街に生まれ変わったと思われるが,当時はまだ地方然たるこぢんまりとした小都市であり,落ち着いた雰囲気の街だった。

周知のように,昌幸~信之と二代にわたる真田家の上田治世は30数年に過ぎず,同国内の松代に転封となるのであるが,上田の人々にとっては今尚城下を拓いた真田氏に愛着があるのであろう。
多分,熊本,松江,姫路の方々が藩祖である加藤清正,堀尾吉晴,池田輝政に親しんでおられるのと同様に・・・。

そして,上田市郊外の真田氏発祥の地である小県(ちいさがた)郡真田町がこの春上田市と合併したことを知った。
上田市真田となったのだろうか・・・。
個人的には,前述の小県郡真田町の方が呼称として相応しいように思われてならないのであるが・・・。

・・・ということで,上述の博物館二つを是非訪れてみたくなった。
勿論限りなく不可能に違いないのだが,行くとしたら宿は真田の隠し湯と呼ばれる別所温泉に取りたいものだ。
以前,幸村所縁と言われる石湯なる共同湯に入ったときは,何とも言えない感慨があったので・・・。
2006/6/26

「功名が辻」其の参

DVDレコーダーのHDDがいっぱいになっていることに気付かず,F1の録画を失敗した・・・。
年に一度はやってしまうようだ・・・。

 
さて,「功名が辻」だが,脚本に強引さが目立つと思う。
勿論原作に忠実たることが全てではないし,それがベストとも思わないが,それにしても話を随分と作りすぎてはいないだろうか・・・。
だいたい,一豊の行動で歴史的に意義があったことは,すべて関ヶ原前夜に集約されている。
根多バレになるから具体的には書かないが,それ以外は有名な十両の馬のエピソードにしても,歴史の流れには殆ど何の影響も無いと言って差し支えないだろう。

しかし,TVでは桶狭間での信長との絡み,秀吉や寧々,お市の方,中村孫平次(一氏),堀尾茂介(吉晴)との交誼,明智光秀一家との交流,千代と秀次といったことが語られ,史実への一豊の絡みに対する伏線となっている。
つまり,朝倉攻め前夜の三河への使者,叡山焼き討ち,姉川での一豊行方不明,小谷落城と浅井長政長子磔刑・・・といった史実に悉く一豊を絡ませることによって,一豊がさも歴史上で大きな役割を果たし,秀吉に重用されているように描かれているのだ。
ここに当然私は無理を感じる。

例えば,天正18(1590)年の小田原征伐により一豊は遠州掛川六万石の大名となるが,同輩とも言うべき孫平次と茂助はそれぞれ駿府と浜松に於いて十万石を越える大名となっている。
一豊はもともと信長から秀吉の与力に付けられた経緯がある。
したがって,数少ない秀吉子飼いであることには違いないが,信長からはおそらく十両の馬の一件までは名を知られることも無かっただろうし,秀吉の与力の中でも特に重用された訳でもなく働き相応の出世しかしていないとも言える。
また,信長と光秀についても,あくまでも一豊は秀吉の家臣であるため,特別な感情移入は無かったのではないだろうか。
中国大返し(これは後の世に作られた言葉で,以前「利家とまつ」で秀吉役の香川照之が「大返しじゃあ~」と叫んで味方を鼓舞する場面があったが,違和感ありありだった・・)や山崎の合戦の際も,気になるのは己の功名のことであり,光秀や信長への感傷は持ち得なかった,と断じたい。

また,寧々やお市,旭との交流もあり得ないことだろう。
これらの人々は,たかだか三千石程度の将校クラスの妻とは別世界の人間であろう。
岐阜城下で屋敷が隣り合わせだったという寧々とまつ(前田利家夫人:芳春院)のようにはいかないのである。

・・・と,あれこれ文句を述べてきたが,歴史上なんら役割を果たさぬ一豊は存在意義が無いのだろうか。
答えは断じて否である。
凡庸な男が聡明な妻の内助の功により出世する。
無論,本人の命を投げ出しての槍働きもある。
そこに,えもいえぬ歴史のロマンを感じるのだ。
今後,どのような展開を見せるのか分からないが,伊勢征伐と小牧長久手の戦い,そして
小田原の役(その前の紀州征伐,四国及び九州征伐には従軍せずに長浜で留守を守っていたと思われる)でのエピソードが楽しみではある。

結局,何だかんだ言いながら楽しんでいるのだから,これ以上突っ込んでも詮無いのかもしれない。
しかし,もしかして主役が仲間由紀恵おねいさんじゃなかったら,見ていなかったかも・・・(笑)
2006/6/25

「功名が辻」其之弐

先日,お世話になっている小袖さんのところで述べさせていただいたのだが,「功名が辻」を録画したまま約二ヶ月分貯めている。
もう天正10(1582)年6月2日の本能寺の変が終わり,山崎の戦いで明智光秀も滅び,一豊の人生で最も幸福な時期と思われる長浜城代の時代にならんとしているというのに,私は天正3(1575)年の長篠の戦いのくだりまでしか見ていない・・・。

そう言えば,去年の「義経」も面倒くさくなって,というか,色恋沙汰ばかり延々とやっているのに飽きてしまい,この時期に見るのを止めてしまった。
どうも,私は物事をやり始めてもすぐに挫折する根性無しのようだ(今更・・・)。
ただ,火曜深夜(というか水曜午前)にTV朝日系でやっている「アストロ球団」は翌日帰宅後毎回録画を見て大笑いしながら突っ込みを入れて楽しんでいるのだが,「功名が辻」は何故かついつい見ないで貯めてしまう・・・。

かつて(と言うか子どもの頃),大河ドラマは私にとって別格の存在だった。
昭和43(1968)年の「竜馬がゆく」や翌年の「天と地と」を見て,訳が分からぬながら,北大路欣也や石坂浩二,高橋英樹,高橋幸治といった役者の演技にえも言えぬ格調を感じていたし,昭和46(1971)年の「春の坂道」は,時代背景は分かったものの柳生一族のことがさっぱり分からず,同じクラスの勉強の出来る子たちが毎週月曜に話している内容に混ざることが出来なかった記憶がある。
さらに次の「新平家物語」は,母親にせがんで分厚い単行本5冊の原作を買って貰いながら,内容が難しく読みこなせず,読破するにそれから数年の月日を要した。
ようやく,内容を楽しめるようになったのは,その翌年の「国盗り物語」あたりからだろうか。
原作は,勿論司馬遼太郎の同名作品だが,他に「梟の城」,「新史太閤記」,「尻啖え孫市」といった戦国期を扱った作品と共に「功名が辻」も原作に名を連ねていたと思う(何せ「国盗り物語」原作に山内伊右衛門一豊は全く登場しないのに,TVでは東野孝彦(東野英心)さんが見事な一豊を演じておられた)。

それに比べると,今の「功名が辻」は如何にもお子様向けのような気がする。
まるで,昭和54(1979)年の「草燃える」と比べた昨年の「義経」のように・・・。
決してつまらないわけではないし,出演者の方々は主役も脇役も皆上手いと思う。
ただ,上川隆也さんの演じる一豊が違和感ありありなのだ。
つまり,私が勝手に思う原作の一豊のイメージに比べ,格好良すぎるのだ。
あれでは,完全に槍一筋の武辺者といった感じで,山内一豊ではなく数年前の主役だった前田利家にこそ相応しい。

実際の一豊は,武功も軍略も際立ったところのない,平凡な武士だったのではないだろうか。
少なくても,最終的に土佐一国二十四万石の大封を領するような大名には間違ってもなれるような器ではなかった,と思う。
それが,現在も連綿と続く大名となったところに,奥方の内助の功があり,歴史の面白さと皮肉があると思うのだが・・・。
ただ,誤解を招きそうなので断っておくが,勿論一豊が命を張って槍働きをしたからこそ,「婦唱夫随」で国持ち大名になることが出来たのであり,そういう意味では大名になるべくしてなったのかもしれない。

・・・ということで,気楽に書き始めたのだが,まだ書きたいことの半分も書かないうちに結構な長さになってしまった。
続きはいずれ書きたいと思うが(明日書けるかどうか・・・),録り貯めたビデオを違和感を感じながらも楽しんで見ていきたいものだ・・・。
2006/4/10

ををう,遂に・・・

遂に,というか,とうとう,というべきか,あの「クレヨンしんちゃん」が,教科書に載る,という。
しかも三社も・・・。
迂闊にも,今日まで知らなかった・・・。
これは是非書かねば・・・(笑)

掲載されるのはいずれも中学校社会科の教科書で,大家族と核家族の比較の部分で,ちびまる子ちゃんと共に載るらしい(こちら参照)。
確かに,しんちゃんの家族は,とうちゃん(ひろし),かあちゃん(みさえ),妹(ひまわり)の4人家族だから核家族だし(シロも入れて,と言われそうだけど・・),まるちゃんの家は,父(考えてみたら,こっちもひろしだ),母,姉,おじいちゃん(友蔵),おばあちゃんの6人による三世代同居だ。
引例としては適切と思う。

数年前, 日本PTA全国協議会なる団体が,保護者を対象に行ったアンケートで,子どもに見せたくないワースト番組としてこの「クレしん」が槍玉に挙がったことは記憶に新しい。
私も,新聞の社会面で見たし,おそらくこの記事を見た大多数は,「しんちゃん」を有害番組と思ったことだろう・・・。

しかし,以前からちらりちらりと小出しに述べてきたが,92年のアニメ放映開始以来14年に渡って視聴し,原作のコミックも数十冊読んだ私は,この悪評極まりない「クレヨンしんちゃん」が大好きなのである。
最初にTVで見たときは,何と下品でくだらない番組か,と思った(同様なシチュエーションだったアニメに,1年早く始まった「少年アシベ」がある。これにも一時はまった・・・)。
下ネタバリバリだし,大人(特にかあちゃん)には平気でタメ口以上,時にあげあしも取る。5歳のガキのくせにきれいなおねいさんが大好きだし,ぶりぶりざえもんの産みの親だし(意味不明・・・)・・・。

しかし,考えてみると,これって殆どが私と同じじゃないか・・・(笑)。
劇場版映画「嵐を呼ぶモーレツ,オトナ帝国の逆襲」で,こんなしんちゃんの科白があった。

「おら,早くおとなになりたい。おとなになって,きれいなおねいさんといっぱいお付き合いするんだから・・・(声優の矢島晶子さんの声で)」

というやつだ。
よくぞ言ったりしんのすけ,である。
しんちゃんは,世の中の大多数の成人男性の代弁者なのである・・・。

子どもに見せたくない番組のトップに「クレしん」をあげた人たちは,きっとしんちゃんのことを良く知らないんだと思う。
だいたい,最初に掲載されたのが週刊「漫画アクション」(双葉社)だったから,子ども用の漫画ではなかった(だから「アクション商事」だの「ふたば幼稚園」だの「アクション仮面」がある・・・)。
あの面白さは,本来子どものものではない。
また,90年の連載開始当初は,確かに下品で下ネタバリバリだったかもしれないが(とうちゃんとかあちゃんが一戦始める場面をしんのすけに見られ,深夜のプロレスごっこと言って誤魔化す根多があった),最近は,子どもが見ることを想定して,極端な下ネタに走ったりすることもなくなった。
私は,最新作の「伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ!」とその前の「伝説を呼ぶブリブリ 三分ぽっきり大進撃」は見ていないが,それ以前のものは93年の「アクション仮面対ハイグレ魔王」以降すべて見ている。
中でもぶりぶりざえもんが大活躍する「電撃!ブタのヒヅメ大作戦」,とにかく笑いっぱなしの「爆発!温泉ワクワク大作戦,クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉」,文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞と毎日映画コンクールアニメーション映画賞をダブル受賞,不覚にも感動してしまう「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」あたりは,我が国のアニメ史に残る傑作と呼んで差し支えないだろう(下品極まりない題名の「雲黒斎の野望」というのもあった)。
前述のワースト1位は,今となっては勲章のようなものだ。

・・・ということで,遂に「クレしん」根多初登場となった。
何でもここ3年ばかりの間にスペインで大人気らしい。
おばか・お下劣は万国共通といったところだろう。
「ををう,おねいさんおねいさん,おらと一緒に夜の春我部をつるりんぐしない~(再び矢島晶子さんの声で)」
と一度言ってみたいものだ・・・(言ってどうする)。
2006/3/4

機動戦士ガンダム「ポケットの中の戦争」

この題名をご覧になって,
「う゛,いい年こいてロボットアニメかよ・・・」
「ガンダムなんて,興味ない・・・」
と思われた方も多いことでしょう。
多分,私も同じ立場にあったらそう思うことでしょう。
第一,1979年に放送が始まった「機動戦士ガンダム」に対して,私はいい年になっていたこともあって,さほど興味を示しませんでした。
ですから,数年来お世話になっている奥州亭三景さんから本作を薦められなかったら,多分見ることはなかったでしょう。
結論から言えば,ガンダムに関する知識が皆無でも,純粋な長編アニメとして十二分に鑑賞に足る,否,我が国のアニメーションが良質であることを再認識する秀作として評価すべき作品,と思いました。
・・・ということで,まずあらすじをご覧いただいた上で,以下をお読みいただけると幸いです。
 
 
男というのは,ある意味ではどうしようもない生き物であり,いい年していつまでも幼児性を持ち続けている。
自称万年三歳児たる私なぞその典型で,いい年こいて今でもTVゲームが好きだし,10代の頃からプラモデルを作り続けているし,何よりも,陸海空問わず乗り物が好きでたまらない。
何故か唯一二輪のみ,填るタイミングを逸してしまったが(何のことはない,周りが皆バイク好きだったので,いつもの天の邪鬼が出ただけ),その他は,四輪,AFV,鉄道,航空機,船舶・・・と,皆好きである。
今いじっているPCだって,その延長線上にあると言っても良いだろう。

子どもの頃,戦争ごっこやチャンバラをしょっちゅうやった。
そのうち,小学校中学年頃から野球やサッカーに興味が移っていったが,そのぶん精巧なプラモデルを作るようになった。
やがて,より正確なディテールや考証のため,製作前に資料を集めるようになった。
今ならネットで幾らでも手に入るだろうが,当時は数少ない模型雑誌の写真や文献のみが頼りである。
戦争映画を見るようになったのも多分その頃で,新聞のTV番組表を毎朝チェックして,夜9時から戦争映画が無いかどうか,探したものだった。
先週の土曜と今日見たDVDは,そんな子どもの頃を思い起こさせてくれると同時に,決して対岸の火事などであってはならない戦争に対する認識を新たにさせてくれた。

武器や兵器,そして軍人に対する少年の憧れとヒロイズム,といったものをここまで端的に描いた作品は,そうそうあるものではなく,また,登場人物の各キャラが皆立っているので,人間ドラマとしても秀逸であった。
目の前で起きた戦争を経験することで,少年が成長していく過程が無理なく語られており,最後の戦いと,ラストシーンの鮮やかなコントラストも印象的だった。
そう言う意味でも,久々に見ていて厭~な気分にさせられた作品でもあり,やはりこれは戦争映画と同質のものであった。

余計なことだか,ジオン公国軍の作戦名が「ルビコン作戦」というのには笑ってしまった。
シーザーの「ガリア戦記」からとったのだろうが,ルビコン川を渡る,というのは,古代ローマ軍が共和制に反する行動であるとされた。
つまりホメロスによる「賽は投げられた」ということだ。
それほど重要な作戦,ということだろう。

いずれにしても,極めて質の高いアニメーションだった。
「ガンダムなんて興味ない」
という方にこそ見ていただきたい。
 
 
・・・ということで,毎度のことながらまとまりませんが,こんなところで宜しいでしょうか,三景さん・・・。
2006/1/16

「功名が辻」第二回

しかし,評判芳しくないようですね,「功名が辻」。
こちらなんかでは,ぼろくそに言われています。

ヴェテラン俳優陣,皆良い味出していると私なんか思うのですが,「華が無い」と来たもんだ・・・。
確かに,そりゃタッキーにも慎吾ちゃんにも華はあったかもしれんですよ。
でも,それは若者の大河=NHK離れ阻止を狙えばこそでしょうし,だったら老若男女問わず人気のキムやん使えば視聴率稼げることでしょう。
NHKが局威(?)をかけてイケメンときれいなおねいさんを揃えれば,文字通り百花繚乱となることでしょう。
子役の永井杏ちゃんも,かわいいし上手だと思うんですが,これまた華がないとは・・・。

しかし,公共放送たるもの決して視聴者に対して全面的に媚びるようなことがあってはそれこそ沽券にかかわると思います。
大河はアイドル映画とは違います。
確かに,20代の信長を演じるには50代の舘ひろしには無理があるかもしれませんし,柄本明,前田吟,武田鉄矢,それにちょい役でしたが江守徹には華がないかもしれません。
しかし,彼等にはヴェテランならではの妙味があります。
原作からすっかり乖離した内容を二度見せられても,私が昨年の「義経」や一昨年の「新選組!」から離れてしまったようにはならないかもしれません。

ただ,結構ハチャメチャな設定ではありますね。
この川を渡れば美濃,とか,竹中半兵衛と千代が幼馴染み,とか,設定にかなりの無理があるのは確かでしょう。
次回は,焼け落ちる不破の館で再会,となるのでしょうか・・・。
どうやら,元亀元(1570)年の越前攻め辺りまでは,原作の内容は出てこないかもしれません・・・。

確かに,義経や近藤勇は知っていても,山内一豊を知っている方は少ないかもしれませんね。
増して,「十両の馬」のエピソードを知っているのは,戦前生まれの方々ということになるのかもしれません。
高知県や静岡県の方はご存知でしょうが,信長・秀吉・家康・信玄・謙信・政宗と比して全国区でない,と言われればそれまでです。
そうした方には,ぜひ原作のご一読をお薦めします。
元気が出ること必至ですし,私のように突っ込みもできるようになります・・・(って,誰もしたくないか・・・。)
2006/1/8

「功名が辻」第一回

 織田信長が,尾張清洲城から岐阜に本拠をうつしたのは,永禄十(1568)年9月18日のことである。
 清洲から岐阜まで八里。
 織田家の将士三万のほかに,信長の内室濃姫,その侍女の群れ,に将士の家族まで行列にくわわり,ちょっとした,
「民族移動」
 の光景であった。
 むろん,独身の武士も多い。山内伊右衛門もそのうちのひとりであった。
 馬廻役,というから近衛士官である。
 五十石。
 知行はすくない。
 伊右衛門は,トッパイの兜に,粗末な桶皮胴の具足をつけ,剥げ槍をかかえ,馬は足がみじかく,ひどく老いぼれていた。
「ひどいなりの侍じゃな」
と,口にこそ出さなかったが,沿道の村々の百姓,女房,こどもまでも,この「三つ葉柏」紋の指物を背負った若侍に,ひそかな嘲笑を送った。
 めだつのである。
 尾張の織田家といえば,軍容のさかんなことで天下に有名で,侍の具足,槍,太刀などはみなきらびやかなものであった。
 その織田の家中のなかで,
「ぼろぼろ伊右衛門」
という異名をもっているのが,この若者である。
                       
          中略
 
(美濃では評判の美人であるという)
 縁談がきまっただけで,まだこの眼でその美貌の女人を見たことはない。
  若宮千代。
 というのが,その娘の名であった。織田家の岐阜移転をしおに,伊右衛門一豊は,この娘と結婚することになる。
 岐阜の新城下のはずれに,彼女を迎えるべき新居もできていた。
(おれにも,嫁が来る)
 美濃の空は,真青に晴れている。
 伊右衛門は馬上で,深く息をすいこんだ。
 嫁,嫁,嫁,と,伊右衛門の駒が,かるいほこりをあげてゆく。
        
                                      司馬遼太郎著「功名が辻」第一巻より「嫁の小袖」(文春文庫刊)
 
 
 
原作の冒頭はこんな感じで始まります。
稲葉山城主齋藤竜興を越前に追い払い,宿願だった美濃を手に入れた信長の軍団が,尾張清洲・小牧から岐阜と命名した新しい城下へ移動していく秋晴れの日の様子が,今から始まる明朗で痛快な物語への期待をいやが上にも高めてくれます。
この「功名が辻」は「尻啖え孫市」とともに,司馬遼太郎の作品群で最も明朗な風気を感じさせる作品だけに,今回の映像化(10年ぶり)への期待も大いに高まります。

ただ,こうして書くと,
「あれっ,今日の放送にあった千代と一豊の生い立ちや,桶狭間の戦いは・・・?」
と思われるかもしれませんが,つまり,本日の放送分(多分次回も)は,脚本担当の大石静氏のオリジナルなのです。
一豊の父が尾張岩倉城主であった織田信安に仕えていたというのは事実ですが,家老であったかどうかは定かではないようです。
ただ,どうやら父盛豊は岩倉に程近い黒田の城主だったようなので,一豊もそこで生まれたことでしょう。
対して,千代の生家については,美濃説(不破氏か遠藤氏)と本日のような近江若宮家説の三つがあるようです。

前置きが長くなってしまいました(汗)。
竜頭蛇尾はいつものことですが・・・。
で,「功名が辻」第一回ですが,原作からかなり乖離したことはありましたが,まずまず楽しめた部類ではなかったかと思います。
特に,役者たちが,さすが,と感じさせる部分が多く,救われた思いです。
一豊の老臣二人,後藤吉兵衛(武田鉄矢)と祖父江新右衛門(前田吟)は実に良い味出しまくりでしたし,秀吉役の柄本明も容貌が歴代秀吉(緒方拳,火野正平,西田敏行,仲村トオル,竹中直人,香川照之・・・)ではかなり合っている方では・・・。
蜂須賀小六(高山善廣)もごつくて○ですし,前野将右衛門(石倉三郎)もなかなかでした。
意外に(失礼!)良かったのが丹羽長秀役の名高達男。
勝野洋の柴田勝家も武断派に相応しかったです(宍戸錠やマツケンのイメージが強く残っていましたが)。
舘ひろしの信長は非常さ・果断さが良く出ていましたが,さすがに桶狭間当時(27歳)の設定には無理が感じられました。
濃姫(和久井映見)とお市の方(大地真央)はどちらが年上という設定なんでしょう・・。
若作り(これ又失礼・・・)でしたが,「利家とまつ」の田中美里よりは合っていました・・・。

そして,主役級は・・・。
うーん,上川隆也かっこよすぎ・・・。
どうしても山内一豊のイメージは,原作の描写を借りると,
「丸顔・色白で,貴人の子のおもかげがあり,頬の赤さに幼さを残していた。」
となりますので,颯爽とした若武者ぶりには程遠かったと思われます。 
千代の子役である永井杏ちゃん,健気でかわいいですね。
来週は仲間由紀恵おねいさんにバトンタッチのようですが,上手なのでもっと見たい気もしました・・・。

軍装に関しては,信長の鎧が胴丸っぽくなかった(栴檀の板と鳩尾の板が付いていたので大鎧風)ものの,織田家の定紋である木瓜の紋所の前立てを付けた兜は考証通りだと思いました。
桶狭間に向かう途中熱田神宮前に陣揃えしたのも史実通り。
ただ,桶狭間山,という地名が何度か出てきましたが,狭間というくらいですから,谷底と言うべきであり,山という表現は???です。
信長軍が駆け下りたのは,太子ヶ根という小山だったようです。
清洲城を真っ先に単騎で駆け出し,家来が慌てて続く,というのは◎。
信長たるもの,
「出陣じゃあ~」
などと絶対言ってはなりません。

あと,一豊は桶狭間当時16歳でしたので,多分出陣していなかったと思われます。
していたとしても,信長軍三千の一部だったでしょう。
父盛豊は確かに岩倉織田家と命運を共にしますが,一豊が信長を父の仇と思っていたのかどうか・・・。
本日の,今川家の侍大将大森某を討ち取って信長を救ったというのは作りすぎでしょうし,今川義元(江守徹はさすがに上手かったですが,立派すぎ?)が
「おのれ,信長~」
と切歯扼腕するのはどんなものでしょう。
多分義元は,槍を付けた服部小平太に
「織田家家中」
と告げられるまで,信長軍が来襲したとは思ってもみなかったことでしょうから・・・。
あと,千代と望月六平太が近江で幼馴染み,という設定も???です。
原作だと六平太は,一穴主義者だった一豊が唯一手を出してしまった小りん(長澤まさみ嬢ですけど,どう演じるんだろう・・・) とともに甲賀忍びという設定なんですが・・・。
それから,正栄尼は,原作では一豊の母ではなく千代の母のことで,上記の時期はまだ生きています。
何かよくわからん・・・。
あと,小六がモーニングスターのような鉄球で敵を倒していました。
「ドラクエ5」の鉄球魔神じゃねーんだぞ・・・(爆)。

・・・と,悪い癖でまた突っ込んでしまいました。
ま,それだけ期待しているということで・・・。
しばらくは,原作から離れた設定でしょうが,次回を楽しみに出来るというのが,収穫でした・・・。

因みに,脚本の大石静氏のブログはこちらから・・・。
2006/1/4

「土方歳三-最期の一日」

会津若松市街南東部,鶴ヶ城(会津若松城・黒川城)前の通りと,白虎隊の自刃で名高い飯盛山下の通りが交差する付近は天寧寺町(正しくは東山町石山天寧)と呼ばれ,天寧寺なる
15世紀創建の禅寺が丘陵の麓に存在します。
その天寧寺の境内奥に近藤勇の墓が静かにただずんでいます。
地図で見ると殆ど平地のようですが,実は丘陵を結構登ったところに位置し,私が一昨年自転車で訪れた際は,折しもNHKの大河ドラマ「新選組!」の放映中ということもあり,平日の夕刻だったにも関わらず参拝客の姿を何人かちらほらと見かけました・・。
内田康夫著「風葬の城」ではこの墓が重要な舞台となります。
だから,正直言って私の興味は「新選組!」よりそちらの方にあったのですが,おそらく会津戦争に参加した土方が密かに弔ったものと想像されます・・・。
昨日の放送では,土方と斎藤一が墓を作っている場面が出ましたが,あながち誤りとは言い切れないと思います。

だいたい正月番組なんてのは面白くないと相場が決まっている,というふうに決めつけています。
「かくし芸」なんて,ここ10年見ていないし,一昔前ならたけし,ここ数年はSMAP,去年は井上和香,今年はTOKIO??という具合に売れっ子芸能人が出まくるおちゃらけ番組なんて見るのも時間の無駄,という気がします。
例年,民放系の時代劇割と欠かさず見てきたのですが(昭和56年放送の「関ヶ原」以来・・・),昨年はTV東京系の「国盗り物語」を見ることが出来ず(田舎なのでネットワーク局が無い)残念な思いをしました。

でもって,NHKが「新選組!」スペシャルをやるという情報はだいぶ前から掴んではいたのですが,例によって,
「またSMAPかよ・・・」
という天の邪鬼が頭をもたげ,総集編は見送りました。
三谷幸喜の才能にケチをつける気など毛頭ありませんが,朝日新聞に掲載されるコラムの面白さとは裏腹に,一昨年の大河ドラマ「新選組!」は,昨年9月17日のエントリで述べましたように人物設定がはちゃめちゃで,放送第一回で近藤・土方が坂本・桂と一緒に浦賀沖の黒船を見に行く,というくだりで拒否反応を示した記憶があります。
確かに,維新前夜に活躍した人々は,皆30代だったということですから,香取クンを始めとする面々のキャスティングは決しておかしくない,ということになるのでしょうが,いかんせん皆小粒過ぎた感がありました。
多分,近藤勇=瑳川哲朗さん,という固定観念が私の中で出来上がっていたからなのでしょうが・・・。
だから,昨晩9時からの「土方歳三-最期の一日」も見るつもりは有りませんでした。
敢えて見たのは,実は4年ほど前からお世話になっている奥州亭三景さんのエントリを読んだことで,心が動いたからです。

結論から述べますと,良かったです。
見ていて実に面白かったし,生来飽きっぽい私に1時間半という放送時間は丁度良かったようです。
以前も述べましたように,新選組や箱館戦争に関して全く知識を持ちませんので,いつものように時代・風俗考証に対して無意味な突っ込みを入れることもあまり無かったことが楽しむことができた最大の要因でしょう。
土方の最期は,多分あんな感じではなかったかと思われます。
単身騎乗で敵陣に斬り込もうとして銃弾を浴びた,という印象が強いのですが,一本木(現・若松町)の関門を出て箱館の市中に向わんとして,狙撃されたのではないでしょうか。(直後に斬り合いがあったかどうか・・・)
そのあたり,島田魁や永井尚志等の様子も生き生きと活写されていたと思います。

尤も,大鳥圭介が変な役回りだったり,精巧な函館市内の模型-海に水まで張っているが存在したり旧幕府軍の軍艦(蟠龍と思われる)が長州艦を撃沈したり(やられたのは,本当は佐賀藩の朝陽です),決戦前日は榎本も大鳥も妓楼で飲みまくっていた筈なのに,3人で議論して榎本が土方にころっと折れてしまう,という史実とは相反するのは問題だと思いましたが・・・(結局突っ込み入れたじゃないか・・・汗)。

土方役の山本クンは,一昨年より格段に演技が上手くなっていたと思います。
只,やはり線が細すぎた感が拭えませんでした。
榎本武揚役が前回の草薙クンでは無かったことも良かったです。

・・・ということで,三谷脚本,今回は実に楽しめました。
因みにこの三谷氏,来週からの「功名が辻」にご出演だそうです。
予告編を見たら足利義昭役だったので笑ってしまいました。
「功名が辻」も,実に楽しみですが,夫婦の出会いの場面が原作とはおおよそかけ離れたものになっていたのが,今から気にかかっています。
ま,来週見てから,エントリを考えようと思いますが・・・。
2006/1/3

「里見八犬伝」

新聞評によると,「原作に忠実」を標榜している,ということでしたので,ついつい昨日の前編を録画して見てしまいました。

滝沢馬琴がそのライフワークとした「南総里見八犬伝」は,完結までに20年以上の年月をかけたと言われ,その間馬琴にとっても息子に先立たれる,失明する,息子の嫁に筆を執らせて口伝する・・・といった産みの苦しみの所産であったわけですが,200年近く昔に,怨霊や化け猫に狸のオカルト話やら,SFチックなエピソードやら,恋愛話に手に汗握る剣戟シーン,そして最後は一大戦記として締めくくる,という,まさに19世紀前半の一大エンターティメントだったと思われます。
勿論,よく言われるように「水滸伝」の影響はあったにせよ,時代設定を戦国初期15世紀末にして,結城合戦後の里見家の再興と関東諸大名の動きといった史実とうまく噛み合わせた見事な歴史物語だと思います(おそらく馬琴は「関八州古戦録」を熟読したことでしょう)。

・・・ということで,内容を全く知らない相方に能書きをたれながら見ました。
とにかく,皆殺陣が上手い。
前半のヤマとも言うべき,古河御所の芳流閣での犬塚信乃(タッキー)と犬飼現八(押尾学)の一騎打ちなど手に汗握りましたし,小澤征悦の犬山道節も不敵雰囲気を漂わせていました。
犬田小文吾役の照英もごつくて○だし,山田優嬢(F1のおねいさん)の犬阪毛野も殺陣が決まっていました。
脇を固めるベテラン勢も,泉ピン子(信乃の伯母亀篠),長塚京三(里見義実),奥村公延(義実の老臣堀内蔵人貞行)等はさすがでしたし,一連の莫迦殿様たちは個性派を揃えて見事の一語に尽きます。
渡辺いっけい(大塚村陣代の簸上宮六),京本政樹(古河公方の足利成氏)はもう最高に填りまくっていました。
今日出てくる佐野史朗(馬加大記)と化け猫に取り憑かれた陣内孝則(犬村大角の父)がどのような崩れっぷりを見せるか,実に楽しみです。
崩れっぷりと言えば,菅野美穂の玉梓(八百比丘尼明椿との二役)も最高にオカルトチックで良かったです。
仲間由紀恵おねいさん(義実の娘伏姫)に比べると,ひどい役しかやっていませんけど・・・。
とにかく,予備知識を全く持たない相方が実に面白がって夜中まで見てしまったくらいですから,見応えがありました。

ただ,「原作に忠実」と言っていた割りに,犬が出てこないのは言語道断です。
八犬士は,敵将安房国館山城主安西景連の首を獲った義実の愛犬八房と伏姫が精神的な両親となるのですが,八房のやの字も無い設定は困ります。
伏姫の顔が玉梓の呪いによって犬になったことで,辛うじて犬との符号をさせていましたが,食い足りませんでした。
後は,考証に関して。
こうしたもので云々しても仕方ないのですが(何せ馬琴の原作にも,15世紀には伝わっていない鉄砲が登場したりするのですから),少々(否かなり)気になったことを述べさせていただきます。
舞台の一つである武州大塚村とは,現在の東京都文京区大塚です。
つまり当時は武蔵野の真っ直中であり,近くに山などあるわけが無いのです(遠くに筑波や富士が見えたでしょうが)。
因みに,主人の仇である陣代の簸上宮六を斬って捕らわれた額三が処刑されそうになった庚申塚は,今も東京都北区に地名を残しますし,伏姫が籠もった富山,里見義実の居城があった滝田(後に稲村に居城を写す),利根川(本当は江戸川)下流の行徳といった地名も現存していますので,東京・千葉・茨城の方には馴染みの深いものと思われます。
ついでにもう一つだけ根多をかますと,犬阪毛野が仇と狙う馬加(まくわり)大記の姓は,現在の幕張に当たります。
そして,最後の突っ込み。
里見家の定紋は,○に一つ引き両です。
里見氏は上野国榛名郡里見郷出身の新田源氏の一族ですから,間違いありません。
ところが,劇中では牡丹の紋となっていたのですから,言語道断です。
八犬士は皆牡丹の痣を持っていることから,強引にこじつけたのでしょうが,歴史を歪曲してはいけません。

・・・と例によって,突っ込みを入れながら見てしまったわけですが,文句を言いつつも本日の後編が実に楽しみです。
原作通り,最後は国府台合戦及び洲崎沖海戦で大団円となるのでしょうか・・・。
実は,9:00からNHK総合の「土方歳三最期の一日」を見てしまったので,現在録画中です。
私のDVDレコーダーは,HDDにW録画ができないので,結局NHKをリアルで見てしまったのですが,考えてみればDVD-Rに「土方」を録画し,HDDに「八犬伝後編」を入れれば良かった,と後悔しています。
さて,まもなく後編終わるけどどうしよう・・・。
見て寝るか,寝ないで見るか,じゃない,明日にするか・・・。
2005/12/14

やるぜ,マツケン!!

今年の紅白は,「スキウタ」とかいう選考方式をとり,オンラインでの投票の結果出場者が決まったようだが(結局変わり映えしないが),白馬の将軍様ことマツケン"武蔵坊"上様は敢えなく落選してしまった・・・。
昨年は,裏番の民放による格闘技にすっかりやられてしまった感のある紅白において,一人気を吐き,最大瞬間視聴率45%を叩き出し,さらには大河ドラマの弁慶役でNHKに貢献しまくったのに,NHKもつれないことをするものだ。

しかし,そんなことで愚痴ったりするほど了見の狭い上様ではない。
そんでもって,テレビ東京が「第38回年忘れにっぽんの歌」で,マツケンサンバを一気に三曲,15分枠で放送することが決定したそうだ。
これは,凄い。
マツケンサンバ・トリロジー(爆)は,確か例の「時代劇チャンネル」で放送したと思ったが,地上波で,しかも大晦日のゴールデンタイムに行うというのは凄すぎる。
これは何としても録画してDVD焼かねば・・・(笑)。

放送時刻は,大晦日の午後8時前後,というから,紅白にもレコード大賞にも被る。
テレビ東京の最終兵器「マツケンサンバ・トリロジー」が,どのような結果をもたらすのか,大晦日の楽しみが増えた。

しかし,ここで由々しき事態が・・・。
私のところは田舎なので,テレビ東京のネットワーク局が無い・・・(玉砕)。
しゃあない,私も買ってしまったDVD見ながら,忘年会の二次会用に「マツケンサンバII」練習するか・・・。
もう,出だしの腰元ダンサーズの腰クイクイだけでふらふら・・・(爆)
2005/12/12

「義経」最終回

え゛,平泉を討つために,義経存命中にもかかわらず,頼朝軍が白河の関を越えた???
義経にそれとなく注進するなんて,いいやつじゃないか,錦戸太郎"一茂"国衡。
何で,琵琶法師が薩摩琵琶首からかけて,都大路を歩くか(ギター侍じゃねーんだぞ)。
たった6人で防戦中なのに,喜三太の介抱する弁慶,余裕有りすぎ・・・。
義経自ら討って出る。しかも無傷で持仏堂へ・・・。
そんでもって,弁慶,もとい上様も乗った白馬となって・・・・・(持仏堂が爆発したと思った)。
最後は,うつぼおねいさんで締めくくり・・・,しばらく見ていなかった私が忘れていたけど,一人称で語るナレーターは誰の設定だったっけ・・・(汗)
義経亡き後しつこく10分以上引っ張りすぎ・・・。

・・・といった突っ込みはもう致しません(爆)。
義経主従の殺陣のうまさに感じ入りました。
武蔵坊"上様"弁慶はお手の物でしょうが(演技もピカイチでした),ナンチャンもうじきつよしも,伊藤"チビノリダー"淳史(今なら"電車男"か)もたいしたもんだと感心させられました。
きっと練習したんでしょうね。

いやー,変な役やらせたらピカイチの藤原"いっけい"泰衡,狂ってましたね。
こういう役柄はどんぴしゃにはまります。
ただ,10年ちょっと前に「炎立つ」で,渡辺"経清二役"謙様が演じた泰衡とは,性格も行動も180度違うので,ちょっと戸惑いましたが・・・。

うまい,と言えば,平"法王様"幹二郎。
流暢な京言葉を繰り(関西にお住まいの方にご意見を伺いたいものです),押し出しの強さや貫禄も十分でした。
後は,小林"キケロのジョー(知ってる人いるかな??)"時政。
老獪さを見事に出していました・・・。

・・・といった具合に,俳優陣の文字通り奮戦が見ものだっただけに,考証の甘さ,というより無茶苦茶さが残念でなりません。
ま,そんなことに突っ込み入れるのは私ぐらいでしょうから,楽しめれば良いと言われればそれまでですが・・・。
ただ,オールドファンしかわからないでしょうが,昭和41(1965)年の「源義経」での尾上菊之助(現菊五郎)と緒方拳の義経-弁慶主従があまりに強烈だったものですから,ついつい・・・。
「弁慶!!・・・死して猶も我を守るかっ・・・」
と,なる弁慶立ち往生のシーンでは,鬼気迫る演技に夜トイレに行けなくなったくらいでしたし・・・。
 
 
でもって,予告でちらりと見た来年の「功名が辻」,大いに期待しています。
司馬遼太郎原作だと,「竜馬がゆく」(68),「国盗り物語」(73),「花神」(77),「飛ぶが如く」(90)・・・と出来がよい作品揃いなので・・・。
ちらりと予告を見た範囲では,武具や合戦の考証は違和感が感じられませんでした。
ただ,敵軍の○に二つ引き両の旗印は,足利家・今川家のものですが,山内一豊の桶狭間の戦いに於けるエピソードは「功名が辻」には見当たりませんし,足利家が敵とすると,天正元(1573)年の槇島の戦いでしょうが,一豊は江州横山城あたりに居たはずですし・・・。
いずれにしても,本編でわかることでしょう・・・。
上川隆也は,やはりいい男過ぎるような気もしますね。
どうしても,東野"黄門様息子"孝彦(東野英心)さんのイメージ(前記「国盗り物語」)のイメージが大きかったもので・・・。
2005/10/27

時代劇チャンネル

 5:00  「銭形平次」(勿論橋蔵親分)
 6:00  「新五捕物帳」
 7:00  「幻之介世直し帖」
 8:00  「江戸を斬る」-梓右近隠密帳
 9:00  「暴れん坊将軍V」
   50  「時代劇ゆかりの地」
10:00  「毛利元就」29(平成9年大河)
11:00  「風車の浜吉捕物帳」
 0:00  「炎立つ」29(平成5~6年大河)
 1:00  「大江戸捜査網

これが,今朝から昼過ぎまでの番組表。
こんなん信じられないようなチャンネルが存在するんですねぇ~。
8月にネットの契約の際に三ヶ月無料を良いことにケーブルTVも同時に申し込んだら,山のように番組を見ることが出来るようになりました。
ただ,見る暇がなく,録画も面倒なので放置プレイして何気なく番組表を見たら,このようなラインナップに気付いた次第。

もう,たまりません,これ(笑)。
最近の口癖は,白馬の上様よろしく,
「成敗!!」
になってしまったし,「暴れん坊将軍」と「炎立つ」,「大江戸捜査網」を録画しています。
そんでもって深夜に一人で鑑賞・・・,と悦に入っている次第です。
特に昭和44(1969)年に放送されたNHKの「鞍馬天狗」以来,瑳川哲朗さんのファンでして(近藤勇役だった),里見浩太朗(最初は杉良太郎)とタッグを組んだ「大江戸捜査網」はオープニングのテーマ曲からすっかり骨抜きにされます・・・(爆)。
間もなくお試し無料期間が終わるので,これからどうしようか検討中です・・・。
詳しくはこちら・・・。
2005/7/1

携帯ゲーム機私考

上の子(男)の8歳の誕生日が迫った。
何が欲しい,と尋ねると,
「太鼓の達人」
と言ったので,まぁ,いいかと思い,ソフトをネットオークションで破格値で落札。
太鼓型コントローラー「タタコン」は,オークションでもなかなか\2,000を切らないので,\3,170で新品を買ってやろうか,と検討中。
 
ただ本人は,本音を言うとゲームボーイアドバンス(GBAD)が欲しいのだが,携帯用ゲーム機は私が実は好きではないことを知っているため,決して自分から買ってくれ,とは言わない。
本人は,仲の良い友だち二人も従兄弟も持っているし,毎週金曜はポケモンを欠かさず見ているだけに欲しいに決まっているのだが,我慢をしているようだ。
 
私が携帯ゲーム機に手を出さない理由は二つある。
まず,GBAD自体がオールドメディアと化しつつあるということ。
昨年暮れの拙エントリでも述べたように,任天堂はデジタルステーション(DS),SONYはプレイステーションポケットという次世代機を既に開発・販売している。
ポケモンとマリオを中心に順調に売り上げを伸ばしてきたGBADのソフトが簡単にDSに移行するわけでもなさそうだが,今後のことを考えるとGBADを買うのは得策とは言えまい。
 
そして,二つめの理由。
私はいい年して未だにTVゲームが好きで(最近殆どしていないが),「信長の野望」シリーズや「大戦略」等にはまったし,「ぷよぷよ」や「桃太郎電鉄」シリーズもほのぼのとしていて好きである。
しかし,屋外にまでゲームを持ち出すのは???なのである。
 
よく家族旅行の最中,機内・車内でGBADを弾いている子どもを見かけるが,人ごとながら勿体ないと思う。
親は,どうして車窓の景色を見せないのだろう。
飽きる,つまらない,と言われそうだが,それは,あまりにものの見方が皮相的やしないだろうか。
どんな景色の中にも,人々の生活があり人生がある。
見知らぬ異境での生活にあれこれ思いを馳せるのもまた乙なものではないか,と思うし,そんな思いを子に語ってやりたいものだ・・・。
 
同様に,駅やホームの待合室でゲームを弾くのも???である。
時間を潰したいなら本を読めばよいと思う。
日々の暮らしの中で読書に割ける時間など微々たるものだ。
非日常的な空間に身を置いたときこそ,普段出来ないことをやるべきと思う。
現に,私は若い頃,某ローカル線の数時間の待ち合わせ時間を,一冊の文庫本で潰したことがある。
今考えると,我ながら実に贅沢な時間の使い方だったと思う。
二度とそんな思いをすることは決して無いだろう・・・。
 
だいたい友だち同士集まって,真っ昼間っから通信ケーブル繋いでポケモンバトル,という構図はいかがなものか。
私だったら,野球かサッカーでもしてこい,と怒鳴りそうだ(ボールをオーバースローで投げられない子どもが増えている・・・)。
 
ということで,不憫に思いつつも,決してこの持論は曲げまいと思っている。
というか,不満を持ちつつ理解してくれる(諦めている)子どもに感謝,というところか・・・。
2005/6/7

みんな見てるんですね~

昨年14年使ったTVが逝ってしまい,経済的な理由でブラウン管式を新調したのですが,殆ど週末のDVD鑑賞モニター,VTR試聴モニター,たまにTVゲームモニターとなっており,チューナーを利用することが殆ど無くなっている(地上波,BSともに)ことに気がつきました。

昨日のエントリで述べたように,「義経」の録画を止めてしまいましたし,昨日は遂にキムやん主演の月9「エンジン」も録画して見るのを止めてしまいました。
今晩10時からの「曲がり角の彼女」(CX)を一応予約しておりますが・・・。

しかし,そういうのは私のような輩ばかりのようで,世の中の人はTV見ているんですね~。
こちらによると,男性の約32%,女性の約52%が,平日に3時間以上TVを見ているそうです。
年齢層はわかりませんが,iモードを利用したアンケートのようなので,対象の多くは若者ということになるでしょう。

それにしても女性の半数が,男性の三分の一が平日に3時間以上TVを見ているとは只々驚くしかありません。
私の生活時間を考えると,仮に毎日午後7時30分に帰宅したとして,食事して入浴して子ども寝かせてネットして・・・でだいたい4時間です。
その他に3時間もとったら,床に就くのは午前2時半を回ります。
朝は,7時には起きないとやばいので,私にとってそんな生活はとても無理です。
それに,三時間もTVを見るなら,その時間でPCいじるか読書をしたいです。
ただでさえ,帰宅後の時間はあっという間に過ぎるので・・・。

ただ,それが故私は,芸能根多や新作映画根多に極めて疎い,という状況に陥っています。
苦手な分野は結構多いですが,もしかすると,そのあたりが最大のウィークポイントと言えるかもしれません・・・。
クイズ番組見ていても,一番ネックだし・・・。
ま,本人に自覚がないので,その弱点は克服されないでしょうけど・・・。

2005/6/1

ウルトラセブン

帰宅途中で本屋に寄って,例によって愚にも付かぬ週刊誌の芸能記事を立ち読みした後,こんなものを衝動買いしてしまった・・・。


昭和40(1965)年放送の「ウルトラQ」から最新の「ウルトラマンネクサス」までの,円谷プロによる「ウルトラシリーズ」では,何と言っても第四作「ウルトラセブン」の評価が圧倒的に高い。
リアル「ウルトラ世代」(リアルで見たのはせいぜい「ウルトラマンタロウ」までと「ティガ」,「ガイア」,「ネオス」,「コスモス」だが)としては,やはり「セブン」は最も魅力的,と言わざるを得ない。

まず,歴代のウルトラマンが地球上では3分間しか活動できないのに対し,セブンのそれは無制限だ。
従って,地球に襲来する異星人や,それらが操る宇宙怪獣との戦いは,前作「ウルトラマン」に比しても時間的に長く,内容的にも熾烈なものとなる。
軍艦型ロボットのアイアンロックスには手枷をはめられ自爆寸前まで行ったし,ガッツ星人には磔にされた。
神戸港に現れたロボット,キングジョーは,地球防衛軍の協力でようやく倒すことが出来た。


それ以上に魅力的なのは,「ウルトラマン」の科学特捜隊をさらに進化させたウルトラ警備隊の存在である。
バリに本部を置く地球防衛軍の極東支部に属する,という設定で,軍事色が極めて濃い。
保有する武器も,三分裂する大型戦闘機ウルトラホーク1号や,万能走行車であるポインター,地底を進む戦車のマグマライザー,海底潜水艦のハイドランジャー等,マニアのオタク心をくすぐるような秀逸極まりないデザインで,今尚模型が販売されているくらいだ(私も小学生の頃,ハイドランジャー以外全て作った)。
特に,ホーク1号が富士山麓の秘密基地から発進する場面(山が割れてカタパルトが出てくるギミックは「サンダーバード」の影響だろう)や,隊員たちがポインターで出撃する場面は胸が躍った。
そして,機能的なユニフォームも,歴代の「○△隊」の中でも抜群にかっこよく,未だに時代がかった感じがしない。
先日玩具店で,ウルトラガンビデオシーバー,ベルトにホルスター,ついでにウルトラアイまで付いているやつが売られているのを見つけたが,ついつい欲しくなってしまった・・・(息子にかこつけて買おうとしたら,いらない,と言われた・・・泣)。


そして,陰影に富むストーリー。
地球を侵略する宇宙人たちには,常に悲壮感が漂う。
自分の星を戦争で失い,宇宙を彷徨って・・という設定がこれほどはまった例は無いと思う。(後年の松本零士のSFものはこの影響を多分に受けている筈)
さらには,海底人や地底民族等,少数民族の悲哀も描かれている。
従って,10歳に満たない私が初めて見た時は,視聴後の印象は極めて後味の悪いものだった・・・。
いい年になった今見てみると,実に味わいのあるエピソードが満載で,見ごたえがある。


主演の森次晃嗣(当時は晃次)は,今は強面のおっさんだが(失礼!),当時はモデル出身ということもあってか,水際だった二枚目ぶりで,とにかく滅法格好良かった。
その後,「ウルトラマンレオ」(1974)では,○◇隊(さすがに覚えていない)の隊長に昇進していたが,確か殉職したことになっていた筈だ・・・。
昭和54(1979)年の大河ドラマ「草燃える」では,畠山重忠の役だったが,骨太で重厚な武者ぶりが決まっていた。


最後に音楽について。
担当の冬木透は,次作「帰ってきたウルトラマン」(1971)でもスコアを提供するが,円谷英二御大亡き後のストーリーの陳腐さとも相まって,印象に残ったのは戦闘シーンに流れた「ワンダバダバワンダバダバ・・・」のスキャットぐらいで,平凡なスコアに終始していた。
故にセブンの音楽の素晴らしさは一層際立っている。
一期一会とも言うべきものだろう。
タイトルバックの主題歌も素晴らしいし,地球防衛軍出動の場面に流れる「ウルトラ警備隊のマーチ」(試聴11,14&61,中日の宇野のコンバットマーチだった)は,自分の車を発進させる時に聴くと,あの制服を着てポインターを転がしている気分にさせられる(爆)。
最終回,双頭怪獣パンドンとの戦いのバックには,シューマンのビアノ協奏曲の第一楽章が効果的に流れる・・・。


ということで,気楽に書き始めたのだが,結構長くなってしまった。
もうこれは殆ど病気ともいうべきだろう・・・(処置無し)。
リメイクである「平成ウルトラセブン」については,またいずれ機会を見て・・・。

2005/5/13

「夏の香り」・・・

レンタルDVDが新作扱いでなくなったのを機会に,ようやく借りてみたところ,不覚にもはまってしまいました・・・(笑)


昨年,NHKでやっていた「冬ソナ」も,突っ込みを入れながらも見てしまいましたが,どうもおばさん顔のヨン様にも,今イチ好みじゃないチェ・ジウ嬢にも感情移入できずに終わりました・・・。


そんでもって「夏かお」ですが,何と言ってもヒロインがソン・イェジンおねいさんですから,前々からチェックはしていました。
何せ,映画「ラブ・ストーリー」見て,私のタイプ,というか,直球がモロど真ん中で,すっかり腰砕けにされたので・・・(笑)。


萌えるような「緑」を基調にした色彩の見事さが,おねいさんの美しさを一層助長している,と言ったら言い過ぎでしょうか・・・。
とにかく,毎回毎回溜息が出るような美しい映像がてんこ盛りで,それだけでも飽きません。


ま,ストーリー的には「冬ソナ」と五十歩百歩といったところでしょうが,見え見えの展開と,口が軽く,すぐに秘密をばらしてしまうような分かり易い登場人物のおかげで,ついつい突っ込みを入れながら見てしまっています。
どう見ても「略奪愛」で,周りとしては迷惑であること甚だしいものがあるでしょうが,おねいさんに免じて許します(爆)。


それにしても,あれだけ今風じゃないおねいさんも珍しいです。
競演のハン・ジヘおねいさんの方は完全に見かけも役柄も今風で,顔が小さく細いのですが,イェジン嬢の方は顔が一回りでかく(失礼!),決して細身というわけではありません(勿論,太くはないのですが)。
私が骨抜きにされた理由は,多分この辺りにあるのでしょう。
もしかすると,「冬ソナ」と違い,本作は30代以上の男性にうけているのかもしれません・・・。


と,いうことで,今から第4巻を見ます。
明日,返しに行ったら,ついついまた続きを借りてしまいそうな・・・。


それにしても,こちらにあるように,婚約者役のリュ・ジンお兄さんは,どう見ても「実写版島耕作」です。
田原の俊ちゃん主演の迷作をリメイクして欲しいくらいです・・・。

2005/5/3

タッキー効果

約300kmを走ってついさっき帰宅しました。
いやー,とにかく凄かったです,タッキー効果!!!

今日のタッキーのスケジュールは,午前10時から,平泉町の「春の藤原まつり」の武者行列「義経公東下り」の義経役を務め,浄土庭園のある毛越寺から黄金まばゆい中尊寺金色堂までを騎行。
午後5時30分からは,例の「歴史公園えさし藤原の里」でトークショー,というものです。

我が家の本日の予定は,とにかく午前7時台に家を出て高速(東北自動車道)に乗り,渋滞前に平泉前沢ICを下りて,午前中は平泉町の隣の衣川村にある「とうほくニュージーランド村」で,11時からの「かいけつゾロリショー」(笑)を見て,午後は「えさし藤原の里」へ。
見られるものならタッキーのトークショーを,と考えました・・・。
ところが・・・。


午前8時台で,インター前は1kmの渋滞。
7時台に家を出たものの,久方ぶりに車間距離30mの高速走行を余儀なくされました・・・(怖)。
東北道では,GWや帰省ラッシュ期以外考えられない事態です。
殆ど東名か中央道のノリでした・・・。
おまけに,「藤原まつり」目当て(というかタッキー目当て??)の車で,最寄りのインターは出口から1km手前で大渋滞・・・。
平泉町内はもっと凄かったらしいです・・・。

ところが,さらに凄まじかったのは「藤原の里」でした。
少なくても,我々が到着した午後2時半以降に数百台は来たでしょう。
おまけに,周辺部の臨時駐車場もほぼ満車。
開演3時間前の時点で,タッキーを見んとする人々で,会場は殆ど埋まっていました。

ま,テーマパークとは言え,ライド系のアトラクションに人がたかっているわけではなく,往事を偲ぶ風物を見ながら,古代に思いを馳せるというのが狙いですから,多少の人出は気にならなかったのですが,帰途は駐車場から出るだけでも大混乱が予想されたので,生タッキーは断念して,5時過ぎには現地を出ました。
ところが・・・・・。


まず,入場が締め切られる5時の時点で,ゲート外に数百人は並んでいたでしょう。
さらには,駐車場を出る我々の車の対向車線に待っている車が少なくても百台はいたでしょうか・・・。
ま,入場料のみで生タッキーを見ることができる,というのは確かに魅力かもしれませんが,それにしてもタッキー効果恐るべしです。
並んでいる人たちの年齢層をそれとなく観察すると,家族連れが一番多く,後は老若バラエティーに富んでいる,といったところでしょうか。
若者だけのグループは場所柄か多くありませんでした・・・。
因みに,「藤原まつり」では過去最高の25 万人が,人口数千人の平泉町を訪れたそうですが,「藤原の里」には少なくとも通常の5倍は居たような気がします。


ということで,帰りには勿論(?)お約束の品を買ってきました。
今夜は疲れたので,今からは寝酒程度で寝ますが,明晩以降渋いお茶々を入れて,いただきたいと思います。
あ,あとはこんなものも買ってきました・・・。

2005/4/19

「エンジン」

スターターが鈍いモーター音を立てた瞬間,轟音が耳を劈く。
ホイールスピンしながら,ピットを後にするマシン。
視界に入るのは,アスファルトの彼方,逃げ水の向こうに揺らめくもう一台のマシンのみ・・・。
エキゾースト・ノートのエクスタシー・・・。


モータースポーツを舞台としたTVドラマは,確か10年以上前に加勢大周主演のものがあったように記憶していますが(やはりCX系で「Poleposition~愛しき人へ・・」とかいうベタベタな題名だった・・),天下無敵のキムやんを起用してCXが満を持して放つ月9だけに,ついつい見てしまいました・・・。

最初の舞台は国際F3000でしょうか。
欧州を転戦するチームのセカンドドライバーという設定のようです。
そんでもってチームを解雇されて,失意のうちに帰国して実家の孤児施設で多くの子どもやおねいさんと出会い・・・。
挿入された今年のF1開幕戦,豪州GPの映像は,さすが20年近くF1の独占中継を行ってきたCXらしく,その華やか且つシビアな世界をうまく再現していました。
確かにあれを見たら,90~91年初頭のF1バブル全盛の時代には及ばずとも,確実にF1のイメージアップになると思いました。
昨年「プライド」で,アイスホッケーの観客が倍増したように・・・。
そして,今シーズン序盤好調なTOYOTAの全面協力。
ユーザーとしても,そして悪いけどアンチHONDAとしても嬉しい限りです・・・。
ということで,期待は高まるばかり・・・。


でも,駄目・・・(泣)。
F1やFポンでレースシーンを知りつくしたはずのCXなのに,リアリティのかけらもない設定に・・・です。

だいたい,テストラン中に相棒のエースドライバーに喰ってかかるなど論外です。
自分が速い,と確信しているなら,予選なり本戦なりレースでアピールすれば良いわけで,F1を目指すアンビシャスなドライバーがあんなことしていたら,首が幾つあっても足りません。
で,英語話せず相棒との口論も出来ない奴が,インターナショナルなレースシーンに居られるはずがありません(我等が佐藤琢磨を見よ)。
豪州GPのTOYOTAのパドックへ行ったのは,Tom's F3への伏線だったのか,最終的にTOYOTA F1に乗って大団円となるためなのか・・・。

それにしても,キムやんて演技上手いと思っていましたが,取って付けたようなわざとらしい演技が妙に鼻につき,私は駄目でした。
ああいう演技は反町隆史にこそうってつけであり,キムやんにあの役はミスマッチでは??と思ってしまいました。
つまり,別にレーサーである必然性はなく,ただの喰い詰めでも良かったと思いますし,子役はさすがに上手く,原田芳夫が実に良い味出していた以外は,お目当ての小雪おねいさんも見るべきところはありませんでした・・・。
Tom's F3の監督である泉谷しげるが「車椅子の闘将」になっていた時点で,もう・・・でしたね。
映画「ドリヴン」もそうでしたが,チーム監督を車椅子に乗せたら,もう私的には駄目です。
ただの二番煎じになってしまいます・・・。


・・・ということで,散々ぼろくそ言ってしまい,八千万人のキムやんファンの皆様には申し訳ないのですが,期待の高さの証ということでして・・・。
多分,次週以降も見てしまうことでしょう,レースシーン目当てに・・・。
丁度,平成初頭,映っているもの見たさに織田裕二主演の「ベストガイ」見たようなもので・・。
さ,今週末はサン・マリノGPだ。
(そう言えば,キムやん着ていたのは,私の持っているMA1と似たブルゾンだった・・。あと,フィル・コリンズやエアロ・スミスも流行るかな・・・。前のクィーンみたいに。)

2005/4/10

「義経」其之参

橋合戦もないまま,平等院に火箭が放たれ,何と大将である知盛と重衡兄弟が入ってきた,と思ったら頼政が知盛に射られてしまった・・・。
絶命した頼政の隣で,仲綱が自害・・・。
さらに,頼政軍の主力は園城寺(三井寺)の僧兵たちだったと思うが,僧兵は全く見当たらなかった・・・。

遷都した福原では,平氏の女房衆が観菊をしていた。
清盛と常盤御前の子は能子というらしいが,ゴマキを出すためにわざわざこの場面をでっち上げたのではないか,と勘ぐってしまった・・・。

頼朝挙兵は北条時政軍が主力で,伊豆の目代山木兼隆を攻撃した,と言っていたが,まず頼朝軍は伊豆や相模・武蔵の在地武士たちの混成チームだった筈だ。
北条時政・宗時・義時父子,仁田忠常,掘親家,天野遠景,狩野介茂光(伊豆),岡崎義実・義忠父子,大庭景能,土肥実平,佐々木定綱・盛綱・経高・高綱四兄弟(相模),安達盛長(武蔵),加藤光員・景廉兄弟(未詳・多分伊豆。兼隆の首は,この加藤次郎景廉が挙げた)といった面々である(このうち,宗時,茂光,義忠は石橋山で命を落とす)。

だから,頼朝は彼等に煽られて担ぎ上げられたのであり,それは治承4(1180)年になって初めて動いたのではなく,大番催促で上洛して京洛の情勢をつぶさに見てとって,平氏専政と知行国制の限界を感じた板東の武士たちによって,平氏追討は為された,と言っても良いかも知れない。
だから,平氏討伐に挙兵,などと威勢の良いものではなく,頼政挙兵と高倉宮以仁王の宣旨によって各地の源氏蜂起を事前に潰そうとした平氏側の動きがあったため(大庭景親と伊東祐親),仕方なく挙兵した,というのが真相だったと思われる。

今日の放送では,兼隆館の門を丸太で破壊して,館内で武装した兵同士の斬り合いが行われていたが,実際8月18日という日を選んだのは,三島大社の祭の日であり,皆ふるまい酒に酔って油断した隙を付いたものということである。
したがって,山木館夜襲は,華々しい合戦にあらず,殆ど押し込み強盗のように行われた筈である。

ということで,結局突っ込みを入れてしまった・・・(まだあるけど・・・)。
せっかく製作するのなら,もっと考証を入念にして欲しいし,せっかく良い役者を揃えているのに,勿体ない話である。
ま,あくまでも物語なのだから史実と違っても,という意見もあるかもしれないが,天下のNHKが決して安からぬ視聴料をもって作るのだから,しっかりしたものを作って欲しい,という期待を込めて書かせていただいた。

あ,最後にもう一つだけ。
来週の兄弟の出会い,黄瀬川(沼津市)の対面は,富士川の戦いの後でしょうね。
予告だと,対面した後に富士川に行っていたように見えたけど・・・。


(中国の反日デモについて,あまりに腹に据えかねたので,1kbほど書いたのですが,不快に感じる方もあろうかと思い,自粛しました。くれぐれも「報復」などという愚行をする日本人が居ませんように・・・。)